【CPUのライバル史】AMDとインテル【二人はともだち?】

進化した集積回路 IT企業

パソコンやサーバーの頭脳となるCPU(中央処理装置)市場でAMDIntelは半世紀近くにわたって熾烈な競争を繰り広げてきました。

でありながら、実はカリフォルニア州サンタクララに本社を置く両社

ライバル関係の中で互いに革新を促しコンピューター技術の急速な発展に大きく貢献してきました。

もちろんCPUといえばインテル、という印象が一般には強いと思います。

しかし今回はライバルで近年は優位にも立っているAMDに焦点を当て全般的に、AMDとIntelの創業から現在までの歴史、代表的な製品、そして両社の関係性についてまで、詳解できたらと思います。

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両社の誕生と初期の歴史

AMDの創業と初期の製品ライン

AMDことアドバンスト・マイクロ・デバイセズは1969年5月1日、ジェリー・サンダースがフェアチャイルドセミコンダクターの同僚7人とともに設立しました。

創業当初は論理回路、ロジックチップのメーカーとしてスタートしその後事業を拡大していきました。

1975年にはRAMチップビジネスに参入し、翌1976年にはインテル8080をリバースエンジニアリングしたAMD AM9080でマイクロプロセッサー市場に足を踏み入れました。これが両社の長い競争の始まりとなります。

AMDが最初に自社設計したx86プロセッサーは1996年に発売された「K5」でした。この「K」という名前はスーパーマン・コミックに登場するスーパーヒーローを傷つけることのできる唯一の物質「クリプトナイト」に由来しています。

CPU市場で無敵に見えたインテルに挑戦できるというAMDのユーモアのセンスが伺える命名でした。

インテルの創業と世界初のマイクロプロセッサー

一方のインテルは1968年にゴードン・ムーアとロバート・ノイスによって設立されました。

社名はIntegrated Electronics(集積電子回路)の頭文字に由来します。

また「インテル」が諜報情報を意味する言葉であることもこの名称が選ばれた理由の一つだったと言われています。

インテルは1971年に世界初の商用マイクロプロセッサーである4004を発表します。このチップは電卓用に設計されたものでしたがプログラム可能なコンピューター・チップという革命的なコンセプトを実現しのちのパーソナルコンピューター革命の基礎を築きました。

インテルはその後、SRAMとDRAMのメモリーチップの初期開発者としても活躍します。

当初はメモリーチップ事業が主力でしたが日本企業との競争が激化する中で1980年代にマイクロプロセッサー事業にシフトしていきました。実はこの決断がのちにインテルを世界最大の半導体メーカーへと導く重要な転換点となったのです。

こちらはコメディアンのコナン・オブライエンのインテル探訪。日本語字幕を右下などから選びどうぞ。

Conan Visits Intel’s Headquarters | Late Night with Conan O’Brien
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競争の時代と技術革新

90年代後半〜2000年代前半 AMDの黄金期

1990年代後半から2000年代前半にかけてAMDは史上初めてインテルに対して明確な技術的優位性を確立する時期を迎えました。

この期間AMDはAthlon、Athlon XP、Athlon 64などの革新的なプロセッサーを次々と発表しました。

特に1999年に発売されたAthlonプロセッサーは業界で初めて1GHzの動作周波数を達成し当時のインテルに対してAMDが大きなアドバンテージを獲得する契機となりました。このプロセッサーはFortune誌とElectronic Times Newsの両方から「Product of the Year」を受賞するという快挙を成し遂げたのです。

またこの時期にAMDは業界初のデュアルコアプロセッサーであるAthlon 64 X2を発表し高性能市場での地位をさらに強固なものにしました。64ビットコンピューティングを主流のデスクトップに導入したのもAMDが先でした。

この時期インテルはPentium IIIとPentium 4プロセッサーの問題に取り組んでいました。特にPentium 4は「NetBurst」アーキテクチャに基づいており高い動作周波数を実現するものの消費電力と発熱の問題が深刻でした。

インテルが目標としていた4GHzの壁は結局NetBurstでは達成されることはありませんでした。

2000年代後半 インテルの反撃とAMDの苦境

2000年代後半になるとインテルは「Core」マイクロアーキテクチャを導入し状況を一変させます。

特に2006年に発表されたCore 2 DuoとCore 2 Quadプロセッサーは以前のNetBurstベースの製品と比較して圧倒的な性能と電力効率を実現しました。

これらのプロセッサーによりインテルはAMDに奪われていた市場シェアの多くを取り戻すことに成功します。インテル初代Coreブランドは、CPUコア、メモリコントローラ、GPUなど必要なコンポーネントを1つのチップに搭載する「システム・オン・ア・チップ」への最初の試みでもありました。

一方のAMDはこの期間に大きな苦境に直面します。

2007年に発売したPhenomプロセッサーは性能面で期待を下回り市場での評価も芳しくありませんでした。さらに2006年にはグラフィックスカードメーカーのATI Technologiesを54億ドルで買収。この買収は短期的には財務負担となりましたが長期的には同社の将来の成功に不可欠であることが証明されることになります。

この時期AMDの市場シェアとブランド価値は大幅に低下し、同社はバジェットオプション、つまり言ってしまえばコスパの良い下位互換というイメージに悩まされるようになりました。

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2010年代 新たな競争の幕開け

インテルの繁栄とマイクロアーキテクチャの進化

2000年代末から2010年代初頭にかけてインテルはNehalemアーキテクチャを導入しプロセッサー技術における大きな飛躍を遂げました。

Core i7、i5、i3プロセッサーのラインナップはこのアーキテクチャに基づいており統合メモリコントローラ、ハイパースレッディング技術、QuickPath Interconnectと呼ばれる新しいポイント・ツー・ポイント・プロセッサ相互接続など革新的な機能を搭載していました。

この時期インテルは「ティック・トック」モデルという開発サイクルを確立します。

これはもちろん動画アプリではなく、「ティック」は前のマイクロアーキテクチャのプロセス技術(製造技術)を微細化すること「トック」は新しいマイクロアーキテクチャを導入することを意味していました。

このサイクルによりインテルは定期的かつ予測可能な形で製品を進化させることができました。

Sandy Bridge、Ivy Bridge、Haswell、Broadwell、Skylake、Kaby Lakeなどインテルは次々と新世代のアーキテクチャを発表しその間AMDは大きく引き離されていきました。この期間インテルのCPUは性能面で明確な優位性を持ち市場シェアも最大80%以上に達していたとされています。

AMDのZenアーキテクチャによる復活

長い低迷期を経てAMDは2017年にZenアーキテクチャに基づく新しいRyzenプロセッサーを発表し劇的な復活を遂げます。

Zenアーキテクチャは14nmプロセスノードで構築されており同社の前世代プロセッサに使用されていた28nmプロセスと比較して大幅な微細化を実現しました。

Ryzenプロセッサーはコア数とスレッド数を増やしIPC(命令あたりのサイクル数)を大幅に向上させることでインテルの製品に匹敵する、あるいは場合によっては上回るパフォーマンスを提供しました。

特にマルチコア性能では優位性がありコンテンツ制作やレンダリングなどの重い作業を行うユーザーに人気となりました。

さらに重要なのはAMDがコスト効率の良い製品を提供したことです。同等のコア数とスレッド数を持つインテル製品よりも大幅に安い価格で提供することでAMDは価格性能比の高いオプションとして再び注目を集めるようになりました。

Zenアーキテクチャの成功によりAMDは2018年までに10年ぶりの高水準である市場シェア約30%を獲得し再びインテルの真の競争相手としての地位を確立しました。

コンシューマー向けのRyzenとサーバー市場向けのEPYCプロセッサーの成功はAMDの復活を象徴しています。

現代のCPU市場と両社の戦略

テクノロジーの最前線:各社の最新製品

現在AMDは第5世代のRyzenプロセッサー(Zen 4アーキテクチャ)とEPYCサーバープロセッサーを提供しています。

Zen 4アーキテクチャは5nmプロセスノードを採用し前世代と比較して大幅な性能向上を実現しています。また、ATI買収の長期的な成果としてプロセッサーとグラフィックス技術を統合したAPU(Accelerated Processing Unit)も提供しています。

一方インテルは第13世代のCoreプロセッサー(Raptor Lake)を主力としておりハイブリッドアーキテクチャを採用しています。このアーキテクチャは高性能のP(Performance)コアと電力効率に優れたE(Efficient)コアを組み合わせることで状況に応じて最適なパフォーマンスと電力効率を実現することを目指しています。

両社は最新製品で熾烈な競争を繰り広げておりゲーマーや専門家、一般ユーザーに選択肢を提供し続けています。特に最近の傾向としてAMDが全体的な性能で優位に立つ場面が増えてきた一方インテルは単一スレッドのパフォーマンスとゲームでの優位性を保持しようと努力しています。

ビジネスモデルと製造戦略の対比

AMDとインテルは半導体ビジネスにおいて異なるアプローチを取っています。

インテルは長年「IDM(Integrated Device Manufacturer)」モデルを採用し設計から製造までを一貫して自社で行ってきました。自社工場(ファブ)を持つことで製造プロセスの完全な制御を可能にし競争優位性を確保してきたのです。

一方のAMDは2009年に製造部門をスピンオフし(現在のGlobalFoundriesとなる)「ファブレス」モデルに移行しました。現在AMDの最先端チップの多くは台湾のTSMCが製造しています。このアプローチによりAMDは巨額の設備投資を避け設計イノベーションに集中することができています。

しかし近年インテルは自社の製造プロセス開発で苦戦しており10nmと7nmプロセスへの移行で大幅な遅延を経験しました。その間にTSMCは製造技術で先行しAMDはその恩恵を受けることができました。

これを受けてインテルは「IDM 2.0」と呼ぶ新しい製造戦略を発表し自社製造能力の強化に加え一部の製品をTSMCなどの外部ファウンドリーで製造することも検討するようになっています。

AMDとIntelの競争がもたらした進歩と未来展望

消費者にもたらされた恩恵

AMDとインテルの何十年にもわたる競争はコンピューター技術の急速な進歩と消費者にとっての大きな恩恵をもたらしてきました。

両社の熾烈な競争がなければ私たちが今日享受しているような高性能で手頃な価格のコンピューティングパワーは実現していなかったかもしれません。

具体的には以下のような恩恵が挙げられます。

性能の継続的な向上:競争によって両社は常に革新を迫られ数年ごとに大幅な性能向上が実現されました。ムーアの法則(18ヶ月〜24ヶ月でトランジスタ数が2倍になるという経験則)に沿った、あるいはそれを上回るペースでの進化が可能になりました。

価格の低下:AMDの存在によりインテルは独占企業としての価格設定ができなくなりました。特にAMDが競争力のある製品を出す時期にはインテルも価格を下げざるを得なくなり消費者は手頃な価格で高性能CPUを入手できるようになりました。

技術革新の加速:マルチコア処理、64ビットコンピューティング、仮想化技術など重要な技術革新の多くは両社の競争によって加速されました。例えばAMDが64ビット拡張(AMD64)を導入したことでインテルも互換技術(Intel 64)を開発せざるを得なくなりました。

未来の課題と展望

半導体業界は今後も大きな変化が予想されAMDとインテルも新たな課題に直面することになるでしょう。両社にとっての主な課題と展望としては以下のような点が挙げられます。

プロセス技術の進化と物理的限界:従来型のムーアの法則は物理的限界に近づいており単純なトランジスタの縮小だけでは性能向上が難しくなっています。次世代の製造プロセスの開発はますます困難で高コストになっており特にインテルにとっては自社製造技術の立て直しが大きな課題となっています。

新たな競合の出現:ARMベースのプロセッサーがPC市場にも進出し始めており(AppleのM1/M2チップなど)x86の牙城が揺らぎつつあります。また、クラウドコンピューティングの普及によりGoogle、Amazon、Microsoft、Appleなどが独自のカスタムチップ開発に注力するようになっています。

特化型コンピューティングの台頭:AI、機械学習、ビッグデータなどの新興分野ではGPUやTPU(Tensor Processing Unit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)などの特化型プロセッサーの需要が高まっています。AMDとインテルはこれらの分野での地位確立が今後の課題となるでしょう。

地政学的リスクと半導体サプライチェーン:米中技術冷戦や台湾情勢など地政学的リスクが半導体業界に与える影響も無視できません。特にAMDのようにTSMCに製造を依存する企業にとっては安定したサプライチェーンの確保が重要な課題です。

AMDとインテルの競争はこれからも技術革新を促進しコンピューティング性能の向上をもたらし続けるでしょう。両社がこれらの課題にどのように対応しどのように競争を続けていくのか今後の展開が注目されます。

まとめ

AMDとインテルの半世紀近くにわたる競争はコンピューター産業の発展と技術革新に大きな影響を与えてきました。両社はそれぞれの時代に主導権を握る時期があり互いに刺激し合いながら発展してきました。

1990年代後半から2000年代前半にはAMDがAthlonプロセッサーで主導権を巻き返し、2000年代後半から2010年代前半にはインテルがCoreアーキテクチャで猛反撃。そして2017年以降はAMDがZenアーキテクチャで再び競争力を取り戻し、現在はお互いの優位性が拮抗というような歴史を繰り広げてきました。

まさに一方が優位に立つともう一方が新技術で巻き返す、このような資本主義の健全な競争、イノベーションのぶつかり合いの歴史は、私たちが使うパソコンの性能向上と価格低下を同時にもたらしてきたのです。

この競争の受益者は、勿論お互いの企業であり、そして私たち消費者でもあります。今後も両社の競争は続き、さらなる技術革新が期待されることでしょう。

Q&Aコーナー

AMDとIntelのCPUの主な違いは何?

AMDとIntelのCPUにはかなりざっくり言えば以下のような違いが挙げられます。

AMDのCPUは一般的にコア数が多くマルチタスク処理に優れています。また価格あたりの性能が高いことも特徴です。一方Intelは単一コアの性能が優れておりゲームなど単一スレッドのパフォーマンスが重要なアプリケーションで強みを発揮します。

近年ではAMDのRyzenシリーズが性能面でIntelに追いつき、場合によっては上回ることもあります。しかしIntelはブランドとしてのステータスやOEMパートナーシップの強さで市場優位性を保っています。

また内蔵グラフィックス機能や消費電力、温度管理なども両社でそれぞれ特性が異なっています。

x86アーキテクチャとは何で、なぜ重要なのですか?

x86アーキテクチャは1978年にIntelが開発した命令セットアーキテクチャ(ISA)で最初は8086プロセッサーから始まりました。

この名前の由来でもあります。x86はWindows、macOS、LinuxなどのオペレーティングシステムやソフトウェアがどのようにCPUと通信するかを定義する「言語」のようなものです。

このアーキテクチャが重要な理由はデスクトップPCやノートPCの標準となり膨大な量のソフトウェアがこのアーキテクチャ向けに開発されてきたからです。AMDとIntelはクロスライセンス契約を結びx86技術を共有していますがこのことが両社がPC市場の主要なCPUメーカーとなった理由の一つです。

他のアーキテクチャ(ARMなど)も存在しますがx86の広範な互換性と長い歴史がパーソナルコンピューティングにおけるその支配的な地位を確立しています。

なぜ2000年代後半から2010年代前半はIntelが市場を支配していたのでしょう?

この時期にIntelが市場を支配していた主な理由は以下のとおりです。

まず2006年に導入されたCore 2アーキテクチャが性能と電力効率の両面で革命的な進歩をもたらしました。その後のNehalemアーキテクチャ(Core i3/i5/i7シリーズの基盤)もさらなる性能向上を実現しました。

一方AMDは2007年のPhenomプロセッサーで苦戦し期待された性能を発揮できませんでした。

また2006年のATI Technologies買収(54億ドル)は短期的には財務的負担となり研究開発リソースの分散につながりました。

さらにIntelは強力な製造能力と莫大な研究開発予算を持ち14nmなどの先進プロセスノードへの移行をリードしました。また「ティック・トック」モデルと呼ばれる規則的な開発サイクルを確立し一貫した進化を遂げていました。

Intel Inside®マーケティングキャンペーンとOEMメーカーとの強力なパートナーシップも市場支配の重要な要因でした。日本で言えばインテル入ってる、のあれですね。実際にこれは自分も講演会で聞いたのですがかなりマーケティング的な大成功だったようです。

以上、多くの要素が総合的に組み合わさって、2010年代前半までIntelが圧倒的な市場シェアを保持することができたといえるでしょう。

最新のWi-Fi 6やWi-Fi 7といった規格は、多数のデバイス接続や超高速通信を実現しこれからのデジタル社会を支える重要な技術となっています。

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